幼い頃の夢は、小説家になることだった
幼い頃の夢は、小説家になることだった。
現実は医療職。白衣を着て働きながら、心のどこかでずっと「物語を書きたい」と思っていた。
人の命と向き合う日々の中で、心の奥にたまっていく感情を、どうにか形にしたかった。
そして末っ子を出産して数か月後、思い切ってパソコンを開いた。
「よし、書こう!」
勢いだけで始めた執筆生活。
小学生と0歳児の育児の合間に極度の眠気と疲労と戦いながらパソコンとスマホに向き合った。授乳をしながら、また、夜泣きのお世話の合間に布団の中でスマホに向き合った。
気づけば3本の小説が完成していた。
新人賞に応募、そして落選
「めちゃくちゃ面白いものが書けた!」
初めて書き上げた高揚感は何とも言えないものがあった。しっかりと自惚れ、「TVに出ることになったらどうしよう」などと心配しつつ新人賞に応募。
結果は―――もちろん落選。
雑誌の当選者リストに名前がないのを見て、そりゃそうだよ、とうぬぼれていた自分を恥じた。
でも、ここで終わらないのが私の前向きなところ。
「誰か一人でも読んでくれたら嬉しい!」と、ネット販売をすることにした。
ネット販売に挑戦。結果は「売上ゼロ」
表紙も自作。タイトルも自分で考えた。
初めて生成AIをつかい、画像を合成し作り上げた。精巧なAI技術の進化に感動した。
おかげで、それなりの表紙を作ることができた。
販売開始ボタンを押した瞬間、胸が高鳴った。
「映画化とかされたらどうしよう?TVに出るときの服はUNIQLOでいいか。
子どもも舞台袖に連れて行かないと!泣いたらどうしよう。」
など、恥ずかしげもなく真剣に心配した。
結果は、初めの無料期間こそアクセスと購入があったが、それが終わると売上グラフが動くことはなかった。
そりゃそうだ。ショート動画で沢山の名作がまとめて見ることができるのに、あえてお金を払って無名作家のネット本を買うのだろう。
はっきり言ってニーズはない。
それでも後悔はなかった
それでも、不思議と後悔はなかった。
誰にも読まれなくても、自分の中にあるものを外に出せたことが、妙に気持ちよかった。
書いている間だけは、確かに「夢を追っている自分」がいた。
医療職としての経験が、登場人物たちが、物語の中で息をしていた。
救急の臨場感、同僚の言葉、患者と家族の表情、あの夜勤の騒々しさ。
全部が小説の中で生きていた。
私の中では実写化されていたのだ。
それだけで、とてもうれしく感じた。
売上ゼロでも「ゼロは悪くない」
もちろん、売上ゼロは痛い。
でも、意外と悪くない。
「これ以上下がらない」という安心感がある。
次に1冊でも売れたら、それはもう“成長”でしかない。
書くことが好き。それがすべての原点
小説家にはなれなかったけれど、
「書くことが好き」という気持ちは確かに残った。
そして今、こうしてブログを書いている。
あの3本の小説がなかったら、この挑戦もなかった。
夢はまだ遠いけれど、
今日もキーボードを叩きながら思う。
「落選も売れ残りも、全部を強みにして生きていこう」
そう思うと、人生のやり直しもちょっと楽しい。
まとめ:夢は形を変えて続いていく
夢は、叶わなくても終わりではない。
形を変えて、今も続いている。
医療職としての経験も、落選の虚しさも、すべてが「今」になっている。
小説家にはなれなかったけれど、「書くこと」はできている。
今やっと、自分のための人生を見直すことができている。



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